霊界についていろんなことを考えてみる
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死んだら人間はどうなると思いますか?
・何もなくなっちゃう
・幽霊になる
どちらかでしょうね。で、私もソッチ系の話は結構好きなので、霊界に関するモノやサイトを読んでみると
似たようなことが書いてあったりするんですよ。
・死んだらショックを与えないために似たような世界に行く
・そこで何十年も好きなことして暮らせる
・思ったことがすぐ現実になるからやりたいことをやりたいだけやれる
・準備ができたら霊界みたいなとこに行く
・昔の人や自分の先祖は高い階層にいるから会えない
・行くためには霊のレベル?を上げなければならない
・この世にいると、生きてるだけで霊界の数百倍もの経験値がもらえる
・だから簡単に死んではいけない
大体まとめるとこんな感じのことが書いてあります。
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まず最初の「死んだ直後」のことについて。死んだことないので、あくまで仮説です。
丹波哲郎の「大霊界」とか、それ系のサイトを見てまとめたことですので
管理人に専門的な知識は一切ありません。
この世が地獄とはよく言ったものです。なのでこの世で「魂の修行」をすると
死んでからレベルが上がって高い位に行けるぞみたいなのは聞いたことがあります。
で、死んだらショックを与えないように、似たような場所に知人が連れて行くっていうのも
どこかで聞いたような聞かないような話ですよね。
だから「三途の川」とか「お花畑」とか、この世に似た景色が広がる場所があるんでしょうか。
そこで霊界に入るための準備をするというのは丹波哲郎氏の「大霊界」で触れています。
何十年も暮らして、いよいよ霊界に行くというそのときまで、好きな暮らしができるとか。
だったら一人暮らしのアパートみたいなところで、パソコンやゲームをやってたいですが(笑)、
そもそも霊界にパソコンやゲームってあるのか・・?ないか。
経験値が数百倍ってのもまあなるほどなとは思います。
肉体を与えられて、魂がその中に入って、それで人生を送るのが修行だとすると
人間は死後のために生きていることになるんでしょうか?
むしろ死後からが本番?大霊界や霊界のことについて書いてあるサイトを見ると
生命体とは「肉体+幽体+霊体」の複合体でできているらしく、
死ぬと肉体から幽体と霊体が出て行くだけで、そこからが本番だと。
幽体と霊体の違いについては、
という説や、幽体の外側に膜みたいにあるのが霊体であるという説もあります。
で、よく事故現場などで目撃される幽霊と呼ばれるもの。
あれってなんとなく理屈がわかる気がするんです。
もし私が事故で死んだとしましょう。すると、事故る直前なんてのは意識がものすごく働いて
スローモーションになるぐらい、脳の働きが活発になると言われていますよね。
あのときの「強烈すぎる気持ち」がその場に残ってしまって、それだけが延々とくり返す。
だから事故現場などの強烈な念が残る場所では、本人は霊界に行ってしまっているのに
念だけが残っていて、それが「幽霊」として見える人には見えるのではないでしょうか。
それにしても、死んでから「霊格を上げる」というのはよく言われることですが、
じゃあ霊格を上げてどうするんだっていう謎は残ります。
上に上に行って、それで?ってなりますし、神様もいるのかいないのかわかりません。
あとは、仏教で言う「輪廻転生」。人の魂はグルグル廻るようにくり返すという論ですが、
我々は皆、霊界からこの世へ「自分で選んで」生まれてきているという説があります。
最初に書いたように、この世は修行場で、霊界の数百倍の経験値がもらえるから
みたいな感じで自分の意志で生まれてきて、そして人生を送り、死んでいく。
死んだらまた霊界に来て、その時点で他の霊とは経験値が比べ物にならないので
霊格が上がっているかもしれないみたいな説。
なんかマンガっぽくなってきましたが、私は結構信じてるんですよね。「この世=修行場説」を。
私は死んだら無になるとかそういった考え方はしたくない派で、
もしこの世が本当に修行の場であり、死んでから先があると思うと
ますますこの世で頑張らなきゃな!とか思ったりするときもあるので、
一概には否定できないところもあると思うんですよ。
心の片隅では「死んで無にはなりたくないな」と思っている自分もいるので、
その先があるのなら見てみたいという気持ちはあります。
ま、実際のところは死ななきゃわからない面ばかりなので
長い人生を何十年後かに終え、私が死んだとき、この謎は明らかになるでしょう。
まったくの「無」になるのか、それとも「死の先」があるのか。
そのために「今」を頑張らなきゃいけませんね。
丹波哲郎の「大霊界」とか、それ系のサイトを見てまとめたことですので
管理人に専門的な知識は一切ありません。
この世が地獄とはよく言ったものです。なのでこの世で「魂の修行」をすると
死んでからレベルが上がって高い位に行けるぞみたいなのは聞いたことがあります。
で、死んだらショックを与えないように、似たような場所に知人が連れて行くっていうのも
どこかで聞いたような聞かないような話ですよね。
だから「三途の川」とか「お花畑」とか、この世に似た景色が広がる場所があるんでしょうか。
そこで霊界に入るための準備をするというのは丹波哲郎氏の「大霊界」で触れています。
何十年も暮らして、いよいよ霊界に行くというそのときまで、好きな暮らしができるとか。
だったら一人暮らしのアパートみたいなところで、パソコンやゲームをやってたいですが(笑)、
そもそも霊界にパソコンやゲームってあるのか・・?ないか。
経験値が数百倍ってのもまあなるほどなとは思います。
肉体を与えられて、魂がその中に入って、それで人生を送るのが修行だとすると
人間は死後のために生きていることになるんでしょうか?
むしろ死後からが本番?大霊界や霊界のことについて書いてあるサイトを見ると
生命体とは「肉体+幽体+霊体」の複合体でできているらしく、
死ぬと肉体から幽体と霊体が出て行くだけで、そこからが本番だと。
幽体と霊体の違いについては、
■幽体:ヒトの形をしている
■霊体:人魂
という説や、幽体の外側に膜みたいにあるのが霊体であるという説もあります。
で、よく事故現場などで目撃される幽霊と呼ばれるもの。
あれってなんとなく理屈がわかる気がするんです。
もし私が事故で死んだとしましょう。すると、事故る直前なんてのは意識がものすごく働いて
スローモーションになるぐらい、脳の働きが活発になると言われていますよね。
あのときの「強烈すぎる気持ち」がその場に残ってしまって、それだけが延々とくり返す。
だから事故現場などの強烈な念が残る場所では、本人は霊界に行ってしまっているのに
念だけが残っていて、それが「幽霊」として見える人には見えるのではないでしょうか。
それにしても、死んでから「霊格を上げる」というのはよく言われることですが、
じゃあ霊格を上げてどうするんだっていう謎は残ります。
上に上に行って、それで?ってなりますし、神様もいるのかいないのかわかりません。
あとは、仏教で言う「輪廻転生」。人の魂はグルグル廻るようにくり返すという論ですが、
我々は皆、霊界からこの世へ「自分で選んで」生まれてきているという説があります。
最初に書いたように、この世は修行場で、霊界の数百倍の経験値がもらえるから
「だったら俺、この世に行って修行してくるわ!」
みたいな感じで自分の意志で生まれてきて、そして人生を送り、死んでいく。
死んだらまた霊界に来て、その時点で他の霊とは経験値が比べ物にならないので
霊格が上がっているかもしれないみたいな説。
なんかマンガっぽくなってきましたが、私は結構信じてるんですよね。「この世=修行場説」を。
私は死んだら無になるとかそういった考え方はしたくない派で、
もしこの世が本当に修行の場であり、死んでから先があると思うと
ますますこの世で頑張らなきゃな!とか思ったりするときもあるので、
一概には否定できないところもあると思うんですよ。
心の片隅では「死んで無にはなりたくないな」と思っている自分もいるので、
その先があるのなら見てみたいという気持ちはあります。
ま、実際のところは死ななきゃわからない面ばかりなので
長い人生を何十年後かに終え、私が死んだとき、この謎は明らかになるでしょう。
まったくの「無」になるのか、それとも「死の先」があるのか。
そのために「今」を頑張らなきゃいけませんね。
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